転職先で期待に応えようとして空回りする女性マネージャーのフラッグ
・『ザ・ベストフラッグ』店主 黒縁眼鏡のWebコンサルタント
・『ザ・ベストフラッグ』看板フラッグ犬
・今回の悩める企業人
・会社の現キーマンと社員のみなさん
*このブログのお話は創作です
ここは、悩める経営者だけに見える店『ザ・ベストフラッグ』。
人知れず、中小企業経営者・役職者に悩み解決のヒントを手渡している、秘密のブログです。
偶然立ち寄ったあなたを待ち受けるのは、社員の自発性の成長かそれとも…
今日も店主のもとには、色とりどりのミッションフラッグが用意されています。
どのフラッグを手渡されるかは、それぞれの企業人の悩みしだい。
どうやら、今日のフラッグにはこう書いてあるようです。
「イノベーションを起こせる組織の設計」
フラッグを手渡された人は、このミッションを遂行しなければなりません。
それにしても、イノベーションを起こせる組織の設計とは何なのでしょう?
まずはそのヒントとなる「マトリクス組織」とは何かをおさらいしておきましょう。
従来型の機能(部署)別組織と事業部別組織をミックスした組織形態。
機能型組織とプロジェクト型組織を組み合わせた複雑な組織編制ではあるが、その道に強い人が横断的に組織内を動けるため、業務が効率化できる。ヒエラルキータイプの組織ではなく、現場に多くの裁量が与えられ、動きがスピーディーになり、個々の能力を発揮しやすくもなる、とされる。
ただし、各社員には部署マネージャーとプロジェクトマネージャーという2人のボスが存在することが前提となることが多く、現場に混乱や対立が生じがちというデメリットも指摘されている。
今、べスフラ店内で、店主はこんなことをつぶやいています。
人は責任や決済権を与えられないと、なかなか自発的に動きません。経営者や上司は、時に思い切った組織の改編を行うのもアリですよ。
黒字も赤字も紙一重。
あなたの会社を動かす、現在のキーパーソンは、一体全体誰なのでしょう?
今日もまた、何も知らない企業人が一人、路地裏に向かってきます。
まずはこの人の現在の悩みを見てみましょう。
【自発性が育ちにくい社風】社長は中途採用したある社員に期待を寄せるが……
今回の悩める企業人は、とある消費財メーカー社長です。
社長がトップを務めるのは、従業員約800人の中堅企業ですが、この企業は過去に衛生用品で数々のヒットを飛ばしており、全国に固定ファンも少なくありません。
しかし、近頃は中小含めさまざまな会社が同様の製品を開発・販売したり輸入品が入ってきたりで、他社との差別化をなかなか図れず苦戦しているようです。
商品開発・製造・営業・広報いずれも有能な人材を多数擁するこの会社。一方で、社長は何でもかんでもトップダウンで指示を出さなければ物事が動かない「自発性のなさ」にこれまでずっと苛立ってきました。
10年ほど前までは、まだ社長にも気力・体力がみなぎっていたせいか、そのような企業風土もさほど気になりませんでした。むしろ、指示されたことを、皆で一致団結して忠実に行う勤勉な社風ととらえていたのです。
ところが、年とともに社長はそんな社内のムードに対し、「俺の意見や判断を聞かないと何も決断できないのか」と不満に感じるようになってきました。
たとえば会社の業績を大きく左右する新製品開発においても、企画、競合分析、戦略会議、スケジューリングまでを任せたいのに、社員たちは新たな意見が出るたびに社長の所に「このまま進めていいのかどうか」「この意見を採用していいのかどうか」と伺いを立てに来てしまいます。
今回も製品化までは何とか漕ぎつけましたが、今後営業や広報がうまく展開するかどうか、社長には不安しかありません。
新製品は、世の流れを反映させ、ジェンダーレスを前面に出した商品。従来の方法論でうまく行くとは思えなかったのです。
悩んだ社長は、求人に応募してきた中から、営業部門でプロジェクトマネージャー経験のある人物を中途採用しました。
採用したのは、前職で複数の新規事業立ち上げに携わり、チームを率いた実績を持つ30代の女性。
組織としての新たな態勢を作るためにも、真に新鮮な新製品を世に送り出すためにも、この女性ならではの視点も活かせたら……との思いが社長にはありました。
「うちの社員は私に依存し過ぎているんだ。何でももっと自発的にやってほしい。頼りにしているよ」と言葉をかけられた女性社員は大はりきり。
社長は、彼女が女性社員が8割を占める小さな企業で部下の統率と育成を担いつつ、ヒット商品を世に出した点を評価し、新規事業のプロジェクトマネージャーに任命しました。
新たに誕生したマネージャーは、着任後早速動き出します。
まずは営業の個々の社員に短期的目標と長期的目標を立てさせ、その目標を達成するためのロードマップやTO DOリストを作らせることにしました。
彼女は前職で、社員1人1人が自発的に立てた計画に基づいて目標を達成する流れを作り、事業そのものを成功させる仕組みを構築した経験があります。
規模の大きな企業では、1人1人の社員の目標に丁寧に寄り添うことはしないかもしれないと彼女は考え、「今回は敢えてこれで行こう」と決めました。
成功体験をしている彼女には大いに自信があったのです。
しかしこの自信が、部長や他の社員との不協和音を生むこととなります。
期待していたキャリア採用社員の行動が裏目に…悩みを深める社長
キャリア採用された女性社員は、社長から直々に「期待している」と言葉をかけられ、絶対にその期待に応えたいと思いました。
もっと大きな会社で自分の力を試したいと思うきっかけにもなった前職での経験を活かし、彼女は新たに配属された営業部の新規事業プロジェクトで、自らの能力をアピールしようとします。
しかし、新規プロジェクトチームの営業社員はいずれも、指示どおり短期目標・長期目標を立てようとはするものの、新たなマネージャーとなったキャリア採用社員ではなく、営業部の部長の意見を聞きに行き、部長はマネージャーのやり方で良いのかどうか社長に伺いを立てる始末です。
同プロジェクトの製品開発チームとの連携も思わしくありません。
トップダウンの指示方式が根強く残る風土は、部署長レベルの人たちからも自主性・自発性を奪っているのではないか。
自発的に立ち回りやすかった前の会社の自由な体質に慣れきっている女性マネージャーは、強い違和感を持ちました。
そんな現状を打破するべく、なんとなく出そろった各社員の短期目標・長期目標をもとに面談の日程調整をしていると、部長がやってきてこう言いました。
「営業部の社員の目標でしょ?なんで君が面談するの?」
女性マネージャーは「今回のプロジェクトに関する目標設定なので、私が相談に乗ることに矛盾はないと思います」とすかさず反論。
しかし、部長は明らかに気に入らない様子です。
「モチベーション高いのはいいけど、和を乱さないようにだけ注意してもらえますか?僕もダテにこの会社で20年やってきてるわけじゃない。僕をすっとばしていろんなことされると、営業全体で足並み揃わなくなりません?」
低い声でこう言い返した部長。周りで傍観していた社員たちは、部長の静かな怒りを肌で感じておろおろし始めました。
女性マネージャーも、「この人に睨まれたら仕事がしづらくなりそう」と恐怖に似たものを感じ、一瞬にして自信を喪失しています。
この規模の会社で、社員それぞれの自発性を育てながら、部署長との意思疎通も図りつつチームをまとめる。この課題がいかに難しいかを、彼女は思い知りました。
ここで自分の意思を貫かないと、社長をがっかりさせてしまいそうですが、一方では「部長の顔を潰してもいけない」と悩みます。
どうしたら良いのかわからなくなってしまった彼女は、結果的に社長に相談に行くことに。
社長は自発性が足りない社内のムードを変えてもらうために採用した彼女から、「決められないから社長に相談に来た」と言われ、ショックを受けます。
これまでの自分のやり方がいけなかったのかもしれない、と社長は自身を責めました。
一杯飲んだ帰り道、社長は最寄り駅からタクシーに乗るつもりで歩き出しました。
しかし、なぜか今夜は一向に駅に辿り着くことができません。
気が付くと社長の目の前には、見慣れないレトロな路地裏が延びています。
不気味に思った社長ですが、路地裏のつきあたりにオレンジ色の灯りが自分を呼んでいるように温かく灯っているのを見つけると、そちらの方によろよろと歩を進めていきました。
見知らぬ男から意外な「宿題」を手渡された社長
社長は、オレンジ色の灯りの正体を突き止めました。
その灯りは、味わい深いドアをやわらかく照らしています。
看板には「ザ・ベストフラッグ」の文字。雰囲気は明らかにショットバーです。
しかし、中に足を踏み入れてみると、毛足の長い中型犬に変わった形のハーネスを優しく装着している最中の男と目が合いました。
社長は「失敬」と言ってすぐにその場を立ち去ろうとしましたが、心とは裏腹に目の前の椅子に座りたくなってしまいました。
黒縁眼鏡をかけた店主らしき男は、社長の行動を不思議がる素振りもなく、唐突に始まったその話に耳を傾けます。
気が付いた時には、社長は今の会社の悩みを洗いざらい話し終えていました。
黒縁眼鏡の男は、最初から社長が来ることを知っていたかのように平然と席を立ち、使い込まれた美しいキャビネットから、1本の旗を取り出して犬の背中の旗ケースに収めると、社長のもとへ行くよう、犬に合図を送りました。
社長が犬から受け取った旗の表面には、こう書かれています。
「イノベーションを起こせる組織の設計」
意味がわからない社長に対し、黒縁眼鏡の男はすかさずこう声をかけました。
「社長、まずは今回のキーパーソンを決め、そこに書かれているミッションを、その人物に遂行させてください。注意事項は裏に。後でご覧ください」
社長は急に恐ろしくなり、挨拶もそこそこに店を飛び出しました。もと来た路地裏を走って戻ると、いつの間にか駅に辿り着いています。
タクシーを待つ間、社長は恐る恐る先ほど受け取った旗の裏を見てみました。
するとそこにはこんなことが書いてあります。
「キーパーソンとなる人の肩にこのフラッグを立て、ミッションを遂行させてください。かなり強い意思でその人に任せましょう。社長以外にはこのフラッグは見えません。ただし、キーパーソンを選びを誤ると、新規事業は失敗に終わるかもしれません」
社長は恐怖に震えながら帰路につきました。キーパーソンは営業部長でしょうか、新たに採用したプロジェクトマネージャーでしょうか。それとも、また別の若手社員かも?
社長は誰がキーパーソンなのか判断できず、その夜は一睡もできませんでした。
女性マネージャーの決断により、会社は新たなスタートを切る
悩み抜いた社長は、自社の風土に違和感を抱いている新たな女性マネージャーをキーパーソンに決めました。
社長は早速彼女の肩にフラッグを立てると、「イノベーションを起こせる組織を設計してみてほしい。君の案を試してみるよう、部長には私から言っておくから」とマネージャーの背中を押したのです。
女性マネージャーは命令を負担に感じましたが、熟慮を重ねた結果、今の組織のあり方では既存のヒエラルキー型企業を脱することはできないという結論に至りました。
マネージャーは、機能別の組織編成を見直し、マトリクス組織を新たに導入したいと社長に訴えました。
マトリクス組織に変えるということは、1人の社員に対し、部署長・プロジェクトマネージャーという2人の上司が存在することになります。
社長は部長とマネージャーがますます対立を深めるのではないかと不安になりました。しかし、約束した以上は彼女の提案を受け入れるしかありません。
ほどなくして、会社の組織図は大きく変わりました。
マネージャーと部長の意見の対立はしばしば起こりましたが、一方で若手社員同士が部署の枠を超えて横断的に交流し、新事業に対する意見交換を活発に行う姿が見られるようになったことは、社長の想定外の変化です。
女性マネージャーは、「営業部の中の業務ばかり考えていては、プロジェクト全体を俯瞰する力がいつになっても身につかない」ということを改めて実感。この方法は間違っていなかったと考えています。社長も、会社の新たな可能性と手応えを感じているようです。
路地裏では、あの黒縁眼鏡の男が何か呟いています。
さて、このプロジェクトの成否はいかに……