評価されない広報・WEB担当が、会社を救う日。

- 『ザ・ベストフラッグ』店主 黒縁眼鏡のWebコンサルタント
- 『ザ・ベストフラッグ』もさもさ看板フラッグ犬
- 今回の迷い人 安田
- 会社のキーマンと社員のみなさん
*このブログのお話は創作です
ここは、悩める経営者だけに見える店『ザ・ベストフラッグ』
黒縁眼鏡の店主は、膝に乗ったもさもさの犬をなでながら、独り言みたいに呟いた。
「今日は迷い人が来店しそうな予感がするな……」
犬は心地よさそうに目を閉じたまま、ワフッと短く返事をする。
返事というより「了解」のハンコみたいな鳴き方だった。店主はそれを“承認”として受け取るらしい。
—— 今回の“迷い人”は、安田。
地方の工業団地に本社を構える、ポリカーボネート加工メーカーの広報・WEB担当だ。
社員200名。年商約80億。売上は安定。だが、未来が読めない。
「新規が読めないんです」
社内では、いつもの声が飛ぶ。
社長は言う。
「うちは品質と納期で勝ってきた」
営業部長は言う。
「新規はタイミングと運ですよ」
工場長は言う。
「合わない案件まで受けてるから、現場が疲れてる」
そして安田は今日も、ホームページを更新し、SNSを投稿し、メール配信を考え、写真を撮り、夜にサーバー対応をしている。
“ある程度固定客はある”。その言葉は安心のはずなのに、安田にとっては、なぜか「忙しさの保証書」みたいになっていた。
建材の写真は反射が強い。ポリカは透明で、撮るとだいたい自分の顔が写り込む。
(“製品”じゃなくて“疲れた広報担当”がよく写る。)と安田は苦笑した。
そして、経営会議で出た言葉はこれだった。
「Webって、結局どれくらい売上に効いてるの?」
その瞬間、安田がぽつりとつぶやいた。
「私は、何を基準に評価されてるんでしょうか?」
空気が止まった。誰も否定しない。誰も肯定しない。
沈黙をごまかすみたいに、誰かがペンをくるくる回し始めた。会議室でよくある、あの“答えが出ないときの手遊び”だ。
その夜、路地裏の灯りがついた。

もやもやした気持ちを抱えながら会社を出た安田は、気づけば見知らぬ路地裏の、見知らぬ店の前に立っていた。
「こんなところに店なんてあったっけ……」
引き寄せられるように木製のレトロな扉を開けると、黒縁眼鏡の店主と、背中に鞄を背負ったもさもさの犬。
そして壁一面にフラッグが並んでいた。
初めて見る光景に圧倒されていると、店主に座るよう促される。
テーブルの上に、喫茶店でよく見る“分厚い合皮のメニュー表”が置いてあった。角が丸くなっていて、触ると少しだけ手に吸い付く。あの、妙に安心する質感だ。
(あ、ここ喫茶店なんだ)
安田がメニュー表を開くとまず出てくるのは、コーヒーの種類——ではなかった。
ページいっぱいに、黒い文字が一行だけ書かれていた。
成果が出ないのではない。成果の“物差し”がないだけだ。
安田は、反射的にその文字を二度見した。まるでさっきまでいた会議室の空気が、先回りして置かれていたみたいだった。
少し冷たくなったような気のする指で次のページをめくると、短くこう書かれていた。
本日、最も心に残ったひと言を、お聞かせください。
胸に残ったひと言。
—— さっきの会議室だ。
「Webって、結局どれくらい売上に効いてるの?」
頭の中で再生される声が、いまも耳の奥で残っている。安田は文字をなぞりながら、ぽつりと言った。
「……“どれくらい効いてるの?”って、言われました」
誰に言うでもないはずの言葉が、店の空気に溶けると、次の言葉が勝手に続いた。まるで、ふたが緩んだみたいに。
店主は安田の話を黙って聞いたあと、一枚のフラッグを取り出し、犬の背中の鞄に差し込んだ。
犬は、とてとてと音がしそうな歩き方で近づいてきた。視線で「取っていいよ」と言ってくる。言葉はないのに、圧がある。
安田は背中からフラッグをするりと取り出した。
そこに書かれていたのは ——
営業戦略の起点として、カスタマージャーニーマップを描き、“検索意図”に翻訳する
安田は眉をひそめた。
「……記事を増やして、キーワードを散りばめる……そういう話ですか?」
店主は首を横に振る。
「いいえ。Webをやる前に、誰に売りたいのかを揃えましょうということです。」
犬がワフッと鳴いた。(犬まで“揃えましょう”に同意してる……?)と安田は思った。
この店の“同意”は、だいたい犬が担当しているらしい。
狐につままれたような気持ちのまま帰路に付いた安田は、改めてフラッグを手にした。何の気なしに裏返してみると、“取扱説明書”のような注意書きがあった。
この作戦を決行する上でキーパーソンとなる人の肩にこのフラッグを立ててください。
あなた以外にはこのフラッグは見えません。ただし、人選を誤ると、会社の命運が大きく変わってしまうでしょう。
安田は思わず息を呑んだ。
カスタマージャーニーマップとは
安田の頭の中に、会議室の顔ぶれが浮かんだ。
「用語から説明しないと終わるやつだ」と悟り、メモを作った。
カスタマージャーニーマップ(Customer Journey Map)は、ざっくり言うとこういうもの。
「お客様が、知る → 比べる → 相談する → 決める 」までの流れを、社内で同じ地図にする作業。
ポイントは“マーケの資料”にしないこと。営業・工場・経営陣が同じ地図を見られるようにする。
何に困っているか(Pain)
何が不安か(Risk)
どうやって情報を集めるか(Search/Compare)
何が決め手になるか(Decision)
そして今回のフラッグが言っている「検索意図に翻訳する」は、こういう意味。
・お客様の困りごとや不安は、検索キーワードになって現れる
・だから、検索で見つかる言葉に置き換えられると、入口が整う
・入口が整うと、“説明の営業”が減って“相談の営業”が増える
要するに、Webを“広報の仕事”で終わらせないための地図づくりだ。
そして次はキーパーソン……まずい、色々考えすぎて睡魔が……
—— 明日の自分、よろしく。
翌日、会議室が「作戦会議室」に変わった
翌日、安田は経営陣、営業、工場長を集めた。
藁にも縋る思いで、昨日のフラッグに書かれていたことを早速やってみることにした。
制限時間は90分。
「今日やりたいのは、投稿ネタ会議じゃありません」
安田が言うと、営業部長が少しだけ残念そうな顔をした。
(たぶん“今日は楽な会議だ”と思って来たな)
ここで、社長が少し迷う。
「うちはいろいろやってるだろう?」
安田は頷く。
「“いろいろ”は強いです。でも今日だけは、入口を一つにします。入口が多いと、誰にも刺さらないので」
ターゲットを「設計事務所経由の、特殊納まり案件」という一点に絞り込み、DMU(意思決定関与者)を書き出す。
設計担当
調達
現場監督
BtoBは“お客様=一人”じゃなく、関係者が複数いる。だから、誰の不安を消すのかを揃える。
フェーズを分解する。
認知
比較
相談
仕様確定
発注
そして付箋に書き出す。
どんなことで困っているか
何を検索するか
どこで不安になるか
何が怖くて決められないか
最初は付箋がなかなか増えなかった。
営業部長が言う。
「設計事務所さんって、検索します?人づてじゃないですか?」
工場長も言う。
「結局、図面が来るか来ないかだよ」
安田は焦りそうになったが、店主の声が頭に戻ってきた。
“誰に売りたいのかを揃える”。揃うまで、慌てて結論を出さない。
——それと、もう一つ。フラッグの裏面の注意書きが、やけに鮮明によみがえる。
キーパーソンの肩に立ててください。人選を誤ると、命運が変わるでしょう。
安田は深呼吸して、椅子を引いた。誰にも怪しまれないように資料を配り直すふりをしながら、工場長の横に回り込む。
そして、まるで付箋を一枚貼るみたいに、そっと工場長の肩に“見えないフラッグ”を立てた。もちろん、誰も気づかない。気づけるのは安田だけだ。

工場長は腕を組んだまま、ぽつりと口を開いた。
「……困ってるのは、図面の有無じゃないんだよな。図面は“ある”。でも、納まりが曖昧なんだ」
工場長が付箋を貼り始める。
図面はあるが、納まりが曖昧
固定方法が未確定
割れ・たわみ条件が読めてない
現場条件があと出し
営業部長も、つられるように続けた。
価格だけ聞いてくる
“急ぎで”と言う割に条件が揃ってない
相談じゃなくて見積だけ欲しい
付箋が増えるほど、会議室の空気が変わっていく。“困りごと”が具体になると、誰もが「あるある」と頷くからだ。
そのとき、工場長が言った。
「うちは、条件整理ができない案件は断ったほうがいいんだよ」
営業部長が続く。
「そういう案件って、必ず“ポリカ 曲げ 価格”だけで探してくる」
安田が止まる。
「それ、検索ワードですよね?」
部屋が静かになった。
静かになったのは“責められた”からではない。みんなが同時に、同じことを思ったからだ。
(……つまり、扉を開けた瞬間に“値札の部屋”へ案内されている。こちらが話したいのは仕様の話なのに。)
強みは「設備」ではなく、「交通整理」だった
強みは「設備」じゃなかった。
強みは、
- 条件整理ができること
- 図面が曖昧でも相談に乗れること
- “要相談条件”を整理してあげられること
だった。それを、誰も言語化していなかった。
そして、言語化されていない強みは、外から見たら存在していないのと同じになる。
安田は、ちょっとだけ自分のことみたいだと思った。
ここから、広報・WEB担当としての安田の評価は劇的に変わった。
単なる「PV(ページ閲覧数)」を追うのはやめた。
「どんな検索意図で来たか」、「どの記事やFAQが背中を押したか」
安田は指標を「売上への貢献度」へと変換した。
メルマガのタイトルも「新製品のお知らせ」なんて退屈なものは捨て、
『ポリカが割れる3つの原因』、『設計段階で見落としがちな納まり条件』
など、顧客の痛みに寄り添うタイトルに変えた途端、開封率は跳ね上がった。
そして営業が変わる
変化は社内全体に波及した。ある日、設計担当者から電話が入る。
「あの記事、本当に助かりました。次の案件、仕様から相談させてもらえませんか?」
営業担当が客先に行けば、
「ホームページ見ましたよ。御社ってここまで整理してくれるんですね。もっと早く言ってくださいよ!」
と迎えられるようになった。
営業は「お願いして説明する仕事」から「頼られて相談に乗る仕事」へと輪郭を変えた。
工場は「無理な案件」が減り、「得意な案件」で利益率が上がった。
誰かがポツリと言う。
「Webって、ただの集客道具だと思ってたけど……」
社長が、深く頷きながら言葉を継ぐ。
「これは、我が社の営業の設計図だったんだな」
その瞬間、安田は思った。
(やっと“売上に効くか?”の質問に、答え方ができた)
PVではない。フォロワー数でもない。
“営業が相談を受けられる状態になったか”、“工場が守るべき案件を守れているか”。
そのための地図が、Webの中に置かれ始めたのだ。
店主の声が、遠くで聞こえる。
「Webは答えではありません。問いを揃えた結果、自然に現れるものです。
—— ナイスフラッグ。」
あなたの会社はどうだろうか?
強みは言語化されているだろうか。
断る条件は共有されているだろうか。
顧客は何と検索して、あなたを探すだろうか。
Webは最後でいい。だが、検索意図に翻訳できない営業戦略は、再現できない。
さて。次に路地裏に訪れるのは、どの会社の迷い人だろうか。


