数字を見ない板金屋に、仕事の流れが見えた日のフラッグ

この物語の主な登場人物
  • 『ザ・ベストフラッグ』店主 黒縁眼鏡のWebコンサルタント
  • 『ザ・ベストフラッグ』もさもさ看板フラッグ犬
  • 今回の迷い人 板金加工会社の社長・坂本

*このブログのお話は創作です。

『ザ・ベストフラッグ』に、決まった営業時間はない。
会社の先行きが急に見えなくなった夜。何度考えても答えが出ず、同じ道をぐるぐる歩いてしまう夜。
そんなときだけ、見慣れた街のどこかに、店の灯りがともる。

黒縁眼鏡の店主は、カウンターの上に並んだフラッグを眺めながら、ぽつりと言った。

「今夜は、“やっているのに分からない”という顔をした人が来そうだな」

足元のクッションで丸くなっていたもさもさの犬が、片耳だけを持ち上げた。

「ワフッ」

議事録に「異議なし」と丸をつけるような鳴き声だった。

目次

腕はいい。でも、次の仕事が読めない

今回の迷い人は、地方都市の工業団地に本社を構える板金加工会社の社長・坂本。

レーザー加工、曲げ加工、溶接、切削、組立。
精密機械のカバーから店舗什器、金属家具まで、幅広く手がけている。

完成した図面を形にするだけではない。
寸法や取り付け条件が曖昧な段階でも、相手の話を聞きながら仕様を整理し、製品として成立するところまで一緒に考えられる。
職人の腕にも、現場の対応力にも自信はあった。

それでも、坂本には消えない悩みがあった。

「いい仕事はできている。でも、次にどんな仕事が来るのか分からない」

昔からの取引先はある。紹介もある。
ただ、紹介は営業計画に書き込めない。いつ来るかも、どんな相談が来るかも読めないからだ。

そこでホームページを作った。ブログを始めた。Instagramには機械や加工品の写真を載せた。展示会にも参加した。
動いていないわけではない。むしろ、社員はよく動いていた。

問題は、何が仕事につながっているのか、さっぱりわからないことだった。

ある日の会議で、営業担当が報告した。

「先月の問い合わせは3件でした」

工場長が資料を見ながら続ける。

「そのうち2件は価格の確認だけでした。条件も固まっていなくて、見積もりを出すところまでが大変でしたよ」

若手社員はInstagramの画面を開いた。

「投稿は見られていると思います。いいねも少し増えています」

坂本は、その言葉を繰り返した。

「見られていると思う……か」

それきり、会議が止まった。

フラッグを受け取った夜

その日、いつもより遅く会社を出た坂本はいつもの交差点を曲がり損ねた。
引き返そうとしたところで、建物と建物の間に細い路地があることに気づいた。
奥には、工業団地には似つかわしくない、やわらかな橙色の灯りが浮かんでいる。
灯りの下には、小さな看板。

『ザ・ベストフラッグ』

怪しい。
だが、会議資料を見直すよりは、少しだけましな気がした。

坂本は扉を押した。

中には黒縁眼鏡の店主と、背中に小さな鞄をつけたもさもさの犬がいた。
壁には燕尾型のフラッグが、標本のように整然と並んでいる。

「どうぞ」

店主が示した席へ、坂本はおそるおそる腰を下ろした。

テーブルには、昔ながらの喫茶店にありそうな、分厚い合皮のメニュー表が置かれている。
坂本は少し安心した。

少なくとも、何か飲み物は注文できそうだ。

ところが、表紙を開いても「ブレンド」も「アイスコーヒー」もない。
代わりに、ページの中央へ一文だけ印刷されていた。

数えただけの数字は、報告になる。
比べた数字は、次の行動になる。

坂本はページから顔を上げた。店主は何も言わず、犬の頭をなでている。
次のページには、質問があった。

本日、最も曖昧なまま終わったことを、お聞かせください。

坂本は昼間のやり取りを思い出した。

問い合わせは3件。
いいねは増えた。
見られている気はする。

「……見られてる気がする」

坂本は、メニュー表に目を落としたまま言った。

「ホームページも作った。ブログも書いてる。SNSも続けてる。でも、何が仕事につながっているのかが分からないんです。」

店主は相づちを急がなかった。坂本はさらに続けた。

「うちを必要としている会社に見つけてもらいたいんです。でも、今のやり方では、偶然見つけてもらえるのを待っているだけなのかもしれません……」

話が途切れると、店主はフラッグを一本選び、犬の背中の鞄へ差し込んだ。
それを合図に、犬は短い脚で坂本の椅子まで近づき、くるりと体を横に向ける。
背中の鞄から覗くフラッグは、坂本の手が届くすぐそばにあった。

「受け取れ、ということか?」

犬は無言で坂本を見上げた。返事を待つ顔だけは、立派な担当者だった。
坂本がフラッグを抜き取る。そこには、こう書かれていた。

なんとなくの集客をやめて、数字を見ながら改善会議をする

「改善会議か……」


そのままふらりと店を出てから、街灯の下でフラッグをふと裏返してみた。
細かな文字で、使用上の注意が記されていた。

このフラッグは、数字を見る習慣を身につけるべきキーパーソンの肩に立ててください。
見たい結果だけを選ぶ人には向きません。数字を失敗探しに使う人にも向きません。
数字は、誰かを責めるためではなく、改善する場所を見つけるために使います。

坂本は、営業担当や若手社員の顔を思い浮かべた。
しかし、すぐに首を振った。

「人に見ろと言う前に、まずは俺か」

自分の肩へフラッグを近づける。手を離すと、フラッグは倒れることなく、そこに静かに立った。
通りを歩く人は、誰一人として気づかない。

見えているのは、坂本だけだった。

Googleアナリティクスを開いてみる

翌朝、坂本は普段より早く出社した。
コーヒーを一口飲み、Googleアナリティクスの画面を開く。

ユーザー、セッション、ランディングページ。

見慣れない言葉が並ぶ画面を前に、坂本は眉間を押さえた。

「昨日のメニュー表より、こっちのほうが難しいな……」

それでも、一つずつ確認していった。

ユーザーは、ホームページを訪れた人。
セッションは、ホームページへの訪問。
ランディングページは、訪れた人が最初に開いたページ。

Googleアナリティクスは、ホームページを訪れた人が、どこから来て、どのページを見たのかを確認するためのツールだ。

どれくらいの人が訪れたのか。
検索やSNSなど、どこから来たのか。
どのページがよく読まれているのか。
問い合わせにつながる行動があったのか。

難しそうな数字も、お客様がホームページを訪れたあとの動きだと考えれば、少しずつ意味が見えてくる。
坂本は画面を見ながら呟いた。

「これ、広報の報告だけで終わらせる数字じゃないな」

数字が動くと、会議室も動いた

翌週、坂本は営業担当、工場長、若手社員を会議室へ集めた。
モニターには、Googleアナリティクスの画面が映っている。

「今日は、数字を見る会議をやってみたい」

工場長が、少し身構えながら聞いた。

「数字を見るって、誰か怒られるやつですか?」

坂本はすぐに首を横に振った。

「違う。誰が悪かったかを決める会議じゃない。数字を手がかりに、次に何を改善するかを決める会議だ」

その言葉を聞いて、工場長は少し安心したように椅子へ座り直した。

坂本はモニターへ目を向ける。

「まずは、先月どのページがよく読まれていたのかを見てみよう」

若手社員が頷き、ページごとの閲覧数が並んだ画面を表示した。

「一番よく読まれているのは、『レーザー加工 小ロット』の記事です。検索から訪れている人が多いですね」

営業担当が記憶をたどる。

「この記事を見たという問い合わせ、先月ありました」

「小ロットは、うちの得意分野ですよ」

工場長の言葉を聞き、坂本は記事を見直した。

一つの記事の数字をきっかけに、次の話題が次々と出てくる。

材質ごとの加工の違い。
板厚による注意点。
試作時に確認してほしいこと。
1個から依頼する場合の流れ。

「一つの記事を出して終わりじゃないな」

坂本が言う。

「なぜ読まれているのかを考えれば、次に書くべき内容も見えてくる」

若手社員は、出てきた案をメモしながら頷いた。

「普段よく聞かれる質問も、テーマごとに分けて記事にできそうです」


続いて、Search Consoleを開いた。

Google検索で、どのような言葉でホームページが表示され、クリックされたかを確認するためのツールだ。

画面には、次のような言葉が並んでいた。

「アルミ板 曲げ加工 1個から」
「レーザー加工 図面なし 相談」

坂本は、二つ目の言葉を指した。

「図面なしで相談したい人が、本当に検索しているんだな」

工場長が身を乗り出した。

「図面がないと聞くと難しそうですが、話を聞いて仕様を決めるのは、うちが昔からやっていることですよ」

営業担当が言った。

「それなら、『図面がなくても相談できる』と、ホームページに書くべきですね」

社内では日常だったことが、顧客にとっては依頼先を決める大切な条件になる。
数字を見たことで、見落としていた強みが一つ、言葉になった。

Instagramの数字も、見方を変える

会議では、Instagramの分析画面も確認した。

「いいねが多い投稿」だけを見るのではない。

保存された投稿。
プロフィールへ移動された投稿。
ホームページへのアクセスにつながった投稿。

比べてみると、設備を正面から撮った写真や完成品だけの投稿より、

「なぜこの曲げ方を選んだのか」
「どの条件で加工が難しくなったのか」
「現場の要望をどう形にしたのか」

を説明した投稿のほうが、あとから見返すために保存されていた。

若手社員が言った。

「機械の写真より、考え方が書いてある投稿が残されているんですね」

坂本は、軽く頷いた。

「設備を見せれば技術が伝わると思っていたけど、相手が知りたいのは、設備をどう使って問題を解くかだったのか」

自社の強みは、機械を所有していることだけではない。

条件が固まっていない相談を整理すること。
作り方を一緒に考えること。
一点物でも、使える形まで持っていくこと。

そうした力は、社内では当たり前すぎて、発信する対象にすらなっていなかった。

数字は、会社の進む方向を教えてくれる

数か月後。

問い合わせが急に何倍にも増えたわけではない。
しかし、相談の内容には明らかな変化があった。

「図面がまだ完成していないのですが、相談できますか」
「店舗什器の金属部分だけ、形状から一緒に考えてほしいです」
「小ロットで試作してから、本製作へ進めたいのですが」

営業担当が坂本へ報告した。

「以前より、問い合わせ後の話が早くなりました。できることを理解した上で相談してくれています」

工場長も頷いた。

「価格を聞くだけの依頼が減りましたね。こちらが得意な仕事を、向こうも分かった上で来てくれている気がします」

会議室のホワイトボードには、アクセス数や検索キーワードだけでなく、

改善するページ

追加する事例

次に検証する投稿

が書かれるようになっていた。

数字は、結果を眺めるためだけのものではない。

どこに顧客の関心があり、何を直せば次の相談につながるのか。
会社が進む方向を考えるための手がかりだった。


その夜、『ザ・ベストフラッグ』では、店主がもさもさの犬へおやつを渡していた。

「坂本社長、ナイスフラッグ」

犬は口いっぱいにおやつをくわえたまま、尻尾を一度だけ振った。
店主は壁のフラッグを見ながら言った。

「数字は、過去を責めるために見るのではありません。次に何を試すかを決めるために見ます」

「いい技術を持つ会社ほど、腕があれば伝わると思いがちです。しかし、お客様が見られるのは、外へ示された言葉や事例だけです」

「数字を見れば、何が届き、何が届いていないのかが分かります。そこからWebは、少しずつ営業の仕組みに変わっていくのです」

——あなたの会社はどうだろうか。

WebやSNSの成果を、「なんとなく」で判断していないだろうか。
数字を報告するだけで、次の改善につなげられていないことはないだろうか。
社内では当たり前でも、顧客には伝わっていない強みが残っていないだろうか。

Webは、公開して完成するものではない。

見て、考え、直し、もう一度確かめる。
その繰り返しが、偶然に頼っていた仕事の流れを、少しずつ見えるものにしていく。

今夜もまた、どこかの路地に小さな灯りがともる。
次にその扉を見つけるのは、どんな迷いを抱えた人だろうか。

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